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人の声の法的保護について

更新日:2025.03.03
弁護士   若竹宏諭
人の声の法的保護について
人の声の法的保護?
 少し前から、故人である著名俳優が主演する企業CMを目にするようになった。その音声は本人そっくりであった(その俳優は私が生まれてから間もなく逝去しているため、リアルタイムで聞いた記憶はない。)。調べてみると、その俳優の音声データを学習したAIによって生成された音声が用いられているという。このケースのように、近頃、動画配信サイトのほか、企業発信のコンテンツにおいて、AIによって生成された著名人の声によく似た音声が聞かれることが多くなった。

 これと並行して、俳優や声優業界からは声の保護を求める声が上がっている。

 現在の日本では、人の声を保護する旨定めた法令はないが、人の声の法的保護に関する議論が活発化してきていることから、昨年公表された「AI時代の知的財産権検討会」の「中間とりまとめ」*の内容をベースに、議論の現状を簡単に整理したい。
現行法の状況
 上記のとおり、現在、我が国には人の声を直接保護する法令はない。声を保護する際の根拠となりうるものとして言及される法律は、著作権法、商標法、不正競争防止法である。
 著作権法は、著作物や実演等に関する権利を定める法律であり、歌声や朗読する声は、「実演」(著作権法2条1項3号)としては保護されるものの、声それ自体が保護されるわけではない。
 商標法は、商標を保護するための法律であり、音からなる商標(音商標)についても商標登録の対象となりうることから(商標法2条1項、5条2項4号参照)、人の声が含まれる音が商標法によって保護される可能性はある。
 もっとも、保護されるのは、あくまでも商標権が及ぶ範囲であるから、指定商品や指定役務との関係でしか保護されない。
 また、音商標について商標登録出願をする場合、「文字若しくは五線譜またはこれらの組み合わせを用いて商標登録を受けようとする音を特定するために必要な事項」を記載しなければならず(商標法施行規則4条の5)、声色を特定することは想定されていないと考えられるため、人の声自体を保護することはできない。
 不正競争防止法では、音声が含まれる営業秘密や周知な商品等表示などとして保護される可能性はあるものの、あくまでも同法が定める不正競争行為が関わった場合であり、人の声そのものが直接的に保護されているわけではない。
 なお、不正競争防止法は、事業者間の公正な競争を確保することを目的としていることから、以下で言及するパブリシティ権の文脈における人の声の保護を不正競争防止法によって明文化することは、同法に馴染まないとする指摘もなされている。
 以上のとおり、我が国の現行法令において、人の声それ自体を保護しているものはない。
人の声それ自体の法的保護の可能性〜人格権、パブリシティ権
 判例上認められている権利として、人格権、パブリシティ権がある。上記「中間とりまとめ」は、これらの権利(人格権については「肖像権」として取り上げられている。)による人の声の保護についても言及している。
人格権とパブリシティ権
 人格権は、名誉権、プライバシー権、肖像権といった権利とともに発展してきた権利である。最高裁判所は、憲法13条に基づきいわゆる肖像権を認め(最判昭和44年12月24日)、人が氏名を個人の人格の象徴であるとして氏名を正確に呼称されることについて、不法行為上の法的保護を受ける人格的利益を有することを認め(最判昭和63年2月16日)、そして、名誉毀損に対する救済手段としての表現行為の事前差止めが認められるかどうかの文脈において、「人格権としての名誉権」と説示した(最判昭和61年6月11日)。
 その後、最高裁判所は、これらの権利を前提に、「人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される」とした上で、「商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる」として、パブリシティ権を認めた(最判平成24年2月2日、「ピンク・レディー事件」。)。
 つまり、パブリシティ権は、個人の氏名、肖像等が有する顧客吸引力を排他的に利用する権利であるが、「人格権として」ではなく「人格権に由来する権利」に留まり、かつ、肖像等の「商業的価値に基づく」ものである点で、精神的価値をも保護する上記名誉権等とは違っている。
人格権等による人の声それ自体の法的保護の可能性
 「中間とりまとめ」は、人格権の一つである肖像権については、「容ぼう等」に関する権利であり、「容ぼう等」に声が含まれているという文理解釈は困難であるとして、肖像権により保護される可能性は高いとは言えないとする。
 一方、パブリシティ権については、パブリシティ権を認めたピンク・レディー事件の調査官解説の内容を踏まえ、同事件が提示した、パブリシティ権として保護されるための要件(後述する。)を満たす場合には、声に対してもパブリシティ権の保護を及ぼすことが可能であるとしている。

 この点、ピンク・レディー事件の担当調査官であった裁判官による論文(中島基至「人声権(Right of Human Voice)の生成と展開)」L&T106号1頁。以下「中島論文」という。)が最近公表され、さらに踏み込んだ分析が行われている。パブリシティ権による人の声の保護の可能性に関する今後の指針となりうるため、以下では、その考え方の一部を紹介する。
パブリシティ権侵害としての保護の可能性
 中島論文は、人の声についても、氏名や肖像と同様に、人物を識別する情報の一つであり、個人の人格の象徴であるとして、人は、自らの声をみだりに利用されない権利を有し(精神的価値に関する権利)、かつ、声自体の顧客吸引力を排他的に利用する権利(パブリシティ権)も有するとして、ピンク・レディー判決が示した基準に従い、人の声もパブリシティ権による保護を受け得るとしている。そして、前者の権利を「人声権」と名付けている。

 ピンク・レディー判決が示した違法性判断基準を人の声に関するものとして言い換えると次のとおりである。
 ①人の声それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する(「第1類型」)
 ②商品等の差別化を図る目的で人の声を商品等に付する(「第2類型」)
 ③人の声を商品等の広告として使用する(「第3類型」)
 など、人の声をもっぱら声の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合

 中島論文では、AIが生成した音声の無断利用について、上記各類型に該当するものをいくつか例示している。
  • 第1類型
    声優等のボイスメッセージ、ボイススタンプ等のデジタルボイス、ナレーション、音声アシスタント(スマートスピーカー、カーナビ等)など
  • 第2類型
    歌手の合成音声を使用したAIカバー、本人の声を合成使用したキャラクターゲーム、俳優等の声合成サービスなど
  • 第3類型
    広告のナレーション、SNS等における有名人等のなりすまし広告
人格権侵害としての保護の可能性
 中島論文は、パブリシティ権は、声を含む肖像等の経済的価値に着目した権利であるため、人格権が保護する精神的価値はパブリシティ権によって保護されるものではないと整理する。そして、中島論文は、人の声については、肖像権と同様に、人の精神的価値をも保護する包括的な権利が認められ、これを「人声権」と名付けている。
 具体的には、人は、「自己の声をみだりに録音、合成等されず、または自己の声を録音、合成等した音声をみだりに公表されない権利を有すると解」されるとする。

 一方で、人の声の録音等が許されるべき場合もあるとし、人の声の録音、合成、公表等が、その人の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限って、当該権利の侵害になるとする。
 これに該当する3類型として、プライバシー関係、人の名誉感情に関するもの(アダルトコンテンツに声を利用される)、平穏に日常生活を送る利益に関するもの(未成年者の声を合成、公表等する行為)、と整理している。

 そのほか、中島論文においては、名誉権侵害(客観的な社会的評価の低下)による人の声の保護の可能性も分析されている。
人の声の現実的救済
 以上の現状を踏まえると、声それ自体の保護については、明文化された法律による保護が難しい状況であり、何らかの保護を求めるとすれば、パブリシティ権侵害、あるいは、人格権に由来する声に関する権利の侵害を根拠としていくことが考えられる。
 パブリシティ権侵害について、中島論文が挙げた違法例に該当するケースを除き、どのような場合に「人の声をもっぱら声の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる」のかの判断は簡単ではない。例えば、一般人が有名人の声を動画配信サイトで利用する行為は「顧客吸引力の利用を目的」としていると直ちにいえるのかどうかは悩ましい。
 また、一般人がその声を無断で利用された、という相談も実際に起こりうるように思うが、その場合は、パブリシティ権による保護を受けることはできず、人格権に由来する声に関する権利の侵害を主張していくことになるのであろう。もっとも、最高裁判所によって明確に認められた権利ではないことから、紛争解決の場面においては、そのような権利を根拠に早期解決に至ることも想定しにくいように思われ、コスト等から訴訟提起を想定しないのであれば、そもそも請求を断念するということも考えられる(利益衡量的な判断が必要になる点も予測可能性が乏しい。)。
 このように、現在は、人の声自体がどのような場合に法的に保護されるのか(保護されるとして、損害賠償のほか差止請求等が認められるかどうかについても議論があるところである。)、その外延が明確ではないことから、人の声を利用する側も、利用される側も、人の声の利用に関する判断に苦慮するものと思われる。
 立法には相当の時間がかかることから、まずは中島論文等を踏まえて、ソフト・ロー等の関係者による自主的な取組みによって、人の声の保護と利用が進むことを期待したい。
*https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/0528_ai.pdf