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電磁的記録を提供させる強制処分について

更新日:2025.01.06
    弁護士 岡田圭太
    1 はじめに
    現行の刑事手続においては、署名、押印、対面を原則とするものが多く、IT化の遅れが指摘されてきた。
    法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(以下、部会という)では、令和4年7月から、刑事手続のIT化の検討が重ねられてきたところ、令和5年12月28日、要綱案(骨子案)が可決された。
    今回は要綱案において企業等に影響が出ることが想定される電磁的記録を提出させる強制処分(電磁的記録提供命令)について記述する。
    2 概要
    電子的記録提供命令は、裁判所、検察官、検察事務官又は司法警察職員(以下「捜査機関」という。)等が、犯罪の捜査をするために、裁判官の発する令状により、電磁的記録を保管している者に、オンラインであったり、記録媒体に記録させたりしたものの、提供を命じることができるというものである。
    他にも、以下のことが定められている。①公務員や、公務員であった者、医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士、弁理士、公証人、宗教の職に在る者若しくはこれらの職にあった者等の命令拒絶に関する規定②電磁的記録を提供した者に、目録を交付しなければならないという規定③提供を受けた電磁的記録につき、被処分者に保管させないこととする理由がなくなったときに、決定により、電磁的記録の複写の許可若しくは当該電磁的記録が記録された記録媒体を交付しなければならないとの規定④電磁的記録提供命令及び電磁記録の複写の許可若しくは記録媒体の交付に関する決定に対する不服申立ての規定⑤命令を受けた者への秘密保持命令の規定、⑥違反行為があった場合に、違反行為への罰則等の規定である。
    3 記録命令付き差押えとの差異
    現行法においても、記録命令付き差押え(刑事訴訟法99条の2)の規定が存在しており、ーバー等のデータをCD―R等に出力させられて差し押さえることができる。そのため、本部会の前身である検討会においては、記録命令付き差押えと比較して電磁的記録提供命令が議論されてきた。
    (1) 記録命令付き差押えについて
    記録命令付き差押えは、一定の電磁的記録をシステム管理者に出力させて、その記録媒体を捜査機関が差し押さえるという規定である。記録命令付き差押えは、コンピューター技術の複雑化に伴って、捜査機関があらゆる面で自力のみで執行しようとすると、場合によっては、その執行が困難となったりまた長期化するのみならず、被処分者の受ける侵害も拡大するおそれがあったことから、被処分者への協力要請の明文規定をおいていた(刑事訴訟法111条の2、222条1項)。
    (2) 記録命令付き差押えと電磁的記録提供命令の差異
    電磁的記録提供命令は、記録命令付き差押えと異なり、遠隔地からでもオンライン上で電磁的記録自体を入手できるようにするものであり、捜査機関側にとって、利便性は高い。もっとも、記録命令付き差押えは、罰則がなく、被処分者に対する協力要請の明文規定もある。他方、電磁的記録提供命令は罰則を伴うものであり、従来、協力を断ってきた被処分者が協力を断ることを困難にさせるものであり、従来の記録命令付き差押えで押収されてきた電磁的記録を遥かに超える膨大な電磁的な記録が押収され蓄積されるリスクは高い。
    4 要項案を法制審議会に部会の意見としてあげることになった令和5年12月28日に開催された第15回会議の内容について
    要綱案が採決された第15回会議について、久保委員は電磁的記録提供命令について以下の3点を質問している。
    (1) 久保委員の質問内容について
    ① 電磁的記録提供命令は、捜査官に対し、電磁的記録の提供ではなく、当該電磁的記録に施された暗号やロックのパスワードを捜査官に教える必要があると誤解し、あるいは誤解させられるおそれがあり、電磁的記録提供命令の令状の執行に当たり、そうした誤解を生じさせないことの確保の必要があるのではないか
    ② 通信事業者等の顧客は、通信事業者等が秘密保持命令を受けることにより、自身に関する電磁的記録が捜査機関に提供されたことを直ちに知る機会を、その秘密保持命令が効力を有する限り制限される一方で、命令を発した検察官等にも命令を受けた通信事業者等にも、秘密保持命令を継続させる必要性を吟味して取消しをしたり、不服申立てをしたりするインセンティブはほとんど働かず、通信事業者等の顧客が電磁的記録が提供された事実を知って不服申立てをする機会が速やかに得られるよう、秘密保持命令を 継続させる必要性が定期的に見直されることが確保される必要があるのではないか
    ③ 近年のデジタル社会における個人情報保護の必要性に鑑みれば、電磁的記録の提供を命じたり、電磁的記録が記録された記録媒体を押収したりするときは、被告事件、被疑事件との関連性がない個人情報まで、包括的に裁判所や捜査機関に収集されることができる限りないように特に留意されなければならず、そのことが規範として明らかにされるべきではないか
    (2) 久保委員の質問に対する回答
    久保委員に対する上記①から③の質問については以下のような回答があった
    ア ①についての回答
    捜査や公判における審理に必要な電磁的記録であって、命令又は令状において提供させるべき電磁的記録として特定されたものの提供を当該電磁的記録の保管者などに対して命じることができるものであるため、当該電磁的記録について施された暗号化等の措置を解除するパスワードなどを含めて、その者が記憶する何らかの情報を供述することを命じることができるものとするものではない。その上で、要綱案の内容からもそのような誤解が生じるようなことはない。
    イ ②についての回答
    秘密保持命令の必要がなくなったときは、捜査機関がこれを取り消す法的義務を負っており、その法的義務を怠れば違法となるため、その必要性について、捜査機関は不断に検討することとなり、適切な時期に当該命令は取り消される。
    ウ ③についての回答
    電磁的記録提供命令は強制処分であり、「要綱(骨子)案」にも記載しているとおり、令状主義の下、事前の司法審査に服するものです。その上で、令状に基づく強制処分については、事前の司法審査により被告事件、被疑事件との関連性がある範囲内で処 分の対象が特定され、処分自体もその限度で行われるものである。その旨明らかにするという規定を新たに設ける必要はない
    (3) 令和5年12月28日に開催された第15回会議について
    その後久保委員が全体的な意見を述べた上で、採決があり、賛成多数により要綱案は可決された。
    5 電磁的記録命令に対する各会の意見表明等
    令和6年2月22日付で仙台弁護士会は、「刑事手続IT化に関する法制審議会の要綱に反対するとともにオンライン接見の法制度化を求める決議」という文書を提出している。また、令和6年3月14日付「電磁的記録提供命令の創設を含む刑事訴訟法等の改正に当たり、プライバシーの権利等を保護するための修正を求める意見書」という文書を日本弁護士会が提出している。最近では、令和6年11月22日付で「電磁的記録提供命令の創設に強く反対する決議」という文書が近畿弁護士連合会から提出されている。
    6 今後の展望
    電磁的記録提供命令は、従来の記録命令付き差押えと異なり、罰則等の規制を設けることで半強制的にサーバーやクラウドに保存されている個人や企業の膨大な情報量を包括的、網羅的に取得できる内容となっている。記録命令付き差押えでは、捜査の課程で取得が困難であるような情報や証拠があるのかもしれないが、それをカバーするために、創設される強制処分としては、多くのサーバー、クラウド利用者及び企業のプライバシー権を著しく侵害する危険性がある。
     また、被処分者は、処分される際には知らされるものの、被処分者の顧客や取引先の企業等には、そのような処分がされたという通知がなされるという制度が規定されてない。そのため、被処分者の顧客や、被処分者の取引先の企業が当該処分に対し、迅速に不服申し立てをする機会が設けられないような法案が可決される可能性がある。
    さらに、被処分者は、電磁的記録提供命令を受けた際に、不服申し立てをすることは、時間的、費用的なコストがかかることが見込まれることから、不服申し立てを行わない被処分者も想定される。
    企業としては、被処分者と取引をしている可能性を考慮したうえで、電磁的記録提供命令の法案が可決された際にどのような法案の内容になっているかにつき、注意を強く払う必要がある。
    また、企業としては、処分を受けた場合に、不服申し立てを行わないことによって、情報を提供された可能性のある顧客や自らの取引先企業とトラブル等に発展する可能性があることにも留意する必要がある。
    参照
    刑事訴訟法〔第四版〕 田口守一 平成17年9月30日
    法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会 第15回会議配布資料 要綱(骨子)案
    刑事手続のIT化 久保有希子 日弁フロンティア 2024年5月号