OUR VIEWS

デジタル資産と私法の関係

更新日:2024.09.19
    弁護士 中川 雄矢
    目的と構成
    本稿は、デジタル資産の概念と分散台帳技術を概説し、後半ではこれらを用いた取引における私法の在り方について論じる。
    分散台帳技術とトークン
    デジタル資産は、分散台帳技術よって支えられている。これは、データを安全に記録・更新する技術であり、ネットワーク上の複数の参加者が帳簿情報を共有し、改竄を防止する仕組みである(ブロックチェーンはその典型例である。)。トークンは、分散台帳技術を用いて表示された電子的記録であり、今日では様々なデジタル資産がトークン化されて取引されるに至っている。
    代表的なデジタル資産
    暗号資産
    意義
    電子的に移転される財産的価値であり、不特定多数の者に対して代金の支払いに使用できる。
    規制法
    暗号資産の現物取引には資金決済法が適用され、暗号資産交換業者は登録制や利用者保護の規制を受ける。暗号資産がデリバティブ取引に用いられる場合には金融商品取引法が適用される。
    ステープルコイン
    意義
    特定の資産と価値を関連させることで価格を安定させたデジタル資産のこと。
    規制法
    デジタルマネー類似型(発行価値と同額での償還が約束されたもの)と暗号資産型(アルゴリズム等を用いて価格が安定化されたもの)に区別され、それぞれ資金決済法によって規制される。
    ICOとSTO
    企業がトークンを発行して資金を調達する方法をICOといい、事業収益の分配兼が表象されたトークンをセキュリティトークンという。このようなセキュリティトークンを用いた資金調達方法のことをSTOという。
    規制法
    金融商品取引法が適用される。
    NFT
    意義
    唯一無二のデジタルデータをトークン化したもの。
    規制法
    資金決済法や金商法、不当景品類及び不当表示防止法、著作権法などが適用される場合がある。
    デジタル資産に対する私法の在り方
    序説
    デジタル資産が多く取引されるに至った今日においては、その取引履歴を公示して取引の安全性を図る必要がある。他の取引類型をみると、不動産取引の登記制度や株式譲渡の振替制度、手形小切手法における裏書制度等が整備されているが、デジタル資産の取引においては分散台帳技術によって取引履歴が安全に記録されるため、そもそも法制度が必要なのか、必要だとしてどのように設計すればよいのかを検討しなければならない。
    分散台帳技術の私法上の位置づけ
    台帳の私法上の位置づけについては、次のような分類が可能であると思われる。
    ① 法律の規定により、その記録が法律上の権利の移転の効力要件となるもの。社債、株式等の振替に関する法律140条等。
    ② 法律の規定により、その記録が法律上の権利を推定するもの。電子記録債権法9条2項等。
    ③ 法律の規定により、記録が対抗要件になるなどの一定の法律効果(効力要件を除く)を有するもの。民法177条、動産及び債権譲渡の対抗要件に関する特例第4条1項、会社法130条等。
    ④ 記録は何らの法律要件ではなく権利の存否や移転などを判断する際の証拠となるもの。預金口座等。
    検討
    法解釈や法制度の設計は、種々の利益を調整して法的に妥当な結論を得るためのプロセスであり、分散台帳技術をはじめとする科学技術は、制度設計を実現するための手段に過ぎない。そのため、例えば、“分散台帳技技術があるから台帳の名義変更を権利移転の効力要件にしましょう”という解釈は適切ではない。これでは、“技術があるからこう解釈しましょう”と言っているに等しく、当事者間の合理的意思やその取引と利害関係を有するに至った第三者の利益がまったく考慮されていないからである。
    まとめ
    デジタル資産に関する規制法が整備される一方で、私法上の法律関係に関する議論が後回しにされている。デジタル資産の私法上の位置づけを検討する際には正確な台帳があるからとそれに囚われるのではなく、私法の原則に立ち返って、それをどのように用いれば私法が妥当とする結論を導くことができるのかという思考の姿勢を忘れてはならないと思う