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取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律について、事業者側に求められる対応

更新日:2022.02.17
弁護士
志部淳之介
1 新法の概要
 令和3年5月10日、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律(以下、「新法」という。)が成立した。この法律は、自社のインターネット上のウェブサイトで、商品等を提供する事業者と消費者との間で通信販売ができる「場」(多面市場)を提供する事業者を対象として、その取引を規律するものである。
 新法の4つの柱は、次の通りである。
取引デジタルプラットフォームを利用して行われる通信販売取引の適正化、紛争解決の促進のため、


①プラットフォーム事業者による自主的取り組みの促進
②内閣総理大臣による利用停止等の要請
③販売業者等の開示請求
④官民協議会の設置

事業者としては、自社がこの法律の適用を受けるか、受けるとすれば、どのような点に留意して、具体的にどのような対応が求められるかを把握しておく必要がある。
2 新法の適用対象となる事業者
 新法への対応を検討するに当たっては、まず自社が新法の適用対象となる事業者であることを確認する必要がある。

 新法の主な適用対象は、「取引デジタルプラットフォーム提供者」である(注1)。「取引デジタルプラットフォーム」は、多面市場を提供するデジタルプラットフォーム のうちでも、特に、消費者が事業者から提供される「場」において、契約の申込の意思表示をできる機能やオークションに参加できる機能を備えたものを対象とするものである(2条1号及び2号)。主に機能面に着目した点に特色がある。要するに、通信販売の取引機能を有する「場」を提供する事業者が新法の対象となる。具体的には、オンライン上のショッピングモールやオークションサイトの運営事業者等が対象となる。

 新法は、特定商取引に関する法律(以下、「特商法」という。)上の通信販売の規定を手掛かりとしているため、適用対象の判断に関しても、同法が参考になる。消費者が個人情報を対価として提供することで利用が可能となるフェイスブックやツイッター等のコミュニケーションツールを提供する事業者は、通信販売に係る場を提供しているものではないから、新法の対象外となる。また、無償の取引は、特商法上の通信販売と同様に適用対象外となる(注2) 。

 なお、2条3項で定義される「消費者」という概念は、文言は異なるが、消費者契約法や消費者安全法上におけるものと事実上同一の概念とされている (注3)。
 新法は、いわゆるCtoC取引を適用対象外としている。したがって、オンラインのフリーマーケットサイトであっても、消費者と消費者の間での取引が想定されるものについては、新法の適用はない。
3 新法の内容
(1)取引デジタルプラットフォーム提供者の努力義務(3条)
 取引デジタルプラットフォーム提供者に当たると、①消費者が販売業者等と円滑に連絡できるための措置、②消費者からの苦情に係る事情の調査等、表示の適正確保に必要な措置、③販売業者に対して、所在情報をはじめ、その特定のために必要な情報(身元確認情報)を提供させること、に努めなければならないこととなる(新法3条)。努力義務にとどまるものではあるが、これらの義務の不履行は、不法行為に基づく損害賠償請求の違法性の判断に影響することがあり得る。

 また、取引デジタルプラットフォーム提供者が、消費者に対し講じた措置の概要及び実施状況は、開示することとされている(3条2項)。
(2)取引デジタルプラットフォームの利用の停止等に係る要請(4条)
オンライン上のショッピングモール等での取引で、事実と異なる表示、優良・有利誤認表示による被害事例や、販売業者等が特定できず所在が確知できない等の問題が報告されていたことから、これに対応する形で創設された規定である。

 ①商品等の安全性等の重要事項について、虚偽・誤認表示がなされ、かつ、
 ②販売業者が特定できず所在不明である場合であって(表示の是正が期待できないこと)、
 ③消費者の利益が害されるおそれがあるときに、
 内閣総理大臣は、当該デジタルプラットフォーム事業者に対して、当該販売業者の利用停止措置等を要請することができる。具体的には、出品停止等を命じることになろう。

 内閣総理大臣から要請がなされたことは公表される(4条2項)。ただし、出品停止により販売業者等に損害が生じたとしても、デジタルプラットフォーム事業者は、免責される仕組みとなっている(4条3項)。
事業者としては、自社のデジタルプラットフォーム上で、事実と異なる表示、優良・有利誤認表示がなされていないか、自社に商品を出品している販売業者が適切に所在情報等を提供しているかを常日頃から管理しておく必要がある。

 特に、悪質な表示をする特定の販売業者について複数の苦情、相談が寄せられている場合は要注意である。内閣総理大臣による利用停止措置の要請があった場合、デジタルプラットフォーム事業者は免責される仕組みにはなっているが、長期にわたり違法状態を放置していた場合、別途民事上の責任を負う可能性がある。この点、商標権侵害の商品がウェブページに掲載されていた事例で、違法状態を認識し得た場合に、侵害内容の削除を行わなかったウェブページの運営者に責任があることを、一般論として認めた裁判例(知財高判平成24年2月14日判例タイムズ1404号217頁)が参考になろう。
(3)販売業者等情報の開示請求(5条)
 オンライン上のショッピングモールでの取引では、消費者が被害に遭った場合に、運営事業者から売主の連絡先を教えてもらえない、運営業者に相談に乗ってもらえない等のトラブルの存在が指摘されていたことから (注4)、これに対応する形で創設された規定である。

 要件は、

①消費者が自己の債権を行使するために、
②販売業者等の氏名又は名称、住所その他権利行使に必要な情報(内閣府令で定められる)の確認をする必要があること
 である。

 ただし、不正の目的で開示請求をする場合は除かれる(5条1項ただし書)。
 なお、販売業者の手続き保障の観点から、当該販売業者の意見聴取が義務付けられている(同3項)。もっとも、意見聴取を経るからといって、容易に非開示が認められるわけではない。立案担当者の解説によると、意見聴取の結果、販売業者等が開示に同意をしなかった場合であっても、5条に基づく適法な請求であるときは、取引デジタルプラットフォーム提供者は、情報を開示しなければならないとされている (注5)。

① 開示した場合の法的リスク
 問題は、デジタルプラットフォーム提供者として、販売業者の情報を開示すべきか否かの判断を迫られる場面である。上記のように、基本的には要件をみたすと判断すれば開示をしなければならないことになっているが、プロバイダー責任法と異なり、開示を実施したデジタルプラットフォーム提供者の免責規定が設けられていない。したがって、開示要件の該当性の判断は相当慎重に行う必要がある。特に「不正の目的」の有無については、開示請求を行うものの内心の問題であるようにも見えるため、事業者としては判断に悩むかもしれない。

 この点、参考となるのが立案担当者解説である。消費者が開示請求をするに当たっては、デジタルプラットフォーム提供者に対して、開示請求に係る書面を提出する必要がある。この申込書面では、開示を受けた販売業者等情報を第5条第1項ただし書に規定する不正の目的のために利用しないことを誓約する旨が必要的記載事項とされている(5条2項3号)。
 立案担当者解説によると、この要件は、第5条1項の「不正の目的」の有無が消費者の内心に関する事項であって、取引デジタルプラットフォーム提供者において判断することが一般的に困難であることに鑑み、記載等を求めるものと説明されている。これにより誓約を受けたデジタルプラットフォーム提供者は、5条1項の「不正の目的」の有無の判断に当たり、5条3項の意見聴取手続において販売業者から申告があった内容等を確認し、特に消費者の不正の目的を推認させる事情等がなければ、当該誓約を信頼すれば足りるとされている(注6) 。

② 開示しなかった場合の法的リスク
 なお、不開示とした場合の異議申立等の手続きは設けられていない。また、開示事由があるにもかかわらず、開示がなされなかった場合でも、デジタルプラットフォーム提供者に対する罰則等のペナルティは設けられていない。そうすると、デジタルプラットフォーム提供者としては、非開示の判断をしがちではあるが、非開示とした場合に何ら法的リスクがないわけではない。
 開示請求を実施した消費者は、実体法上の請求権の行使として、デジタルプラットフォーム提供者に対して、裁判上又は裁判外において情報開示請求をすることになる (注7)。裁判所が開示請求を認める判決をしたにも関わらず、事業者により開示をしなければ、間接強制の手続きにより、開示を求められることになる。すなわち、開示を命ぜられてから、実際に開示をするまで一日いくらという形で、当該開示請求者に対して金銭の支払い義務を負うことになる。
(4)官民協議会の設置等(6条~9条)
 関係行政機関、取引デジタルプラットフォーム提供者を構成員とする団体、独立行政法人国民生活センター、地方公共団体、消費者団体等による、協議会の設置が予定されている。協議会は、施策に関し内閣総理大臣に意見を述べるものとされている(7条1項)。協議会が今後どのような役割を果たしていくかは、注視する必要がある。
(5)10条 内閣総理大臣に対する申出
 何人も、消費者の利益が害されるおそれがあると認めるときは、内閣総理大臣に対し、適当な措置を求めることができる(1項)。特商法60条と同様の規定である。申出があった場合に必要な調査をすること及び、申出の内容が事実であると認められるときに必要な措置を講ずることは、法的義務である(2条)。必要な措置の具体例としては、新法4条1項の規定等による要請がある。
2 施行時期
施行の時期は、公布の日(令和3年4月28日)から1年を超えない範囲内において政令で定める日である(附則1条)。
3 まとめ
 以上みてきたように、新法はデジタルプラットフォーム提供者による自主ルールを軸として、基本的に努力義務規定やペナルティのない情報提供開示規定を設けることにより、取引の適正化を目指している。
 注意すべきは、自社が新法の適用対象となるか、対象となるとすれば、自社ウェブサイト上の表示には常に問題のある表示が行われていないかにつき注意を払う必要がある。消費者から苦情があった場合には、速やかな是正の対応が必要である。また、消費者から新法に基づき販売業者の情報開示請求があった場合の対応についても、開示、不開示、いずれの場合にも法的リスクが存在するのであり、慎重な検討を要する。

1「デジタルプラットフォーム」の定義は,特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律2条1項で定義されている。①デジタル技術を用い、商品等提供利用者と一般利用者をつなぐ場(多面市場)を提供すること、②インターネットを通じ提供していること、③ネットワーク効果(商品等提供利用者・一般消費者の増加が互いの便益を増進させ,双方の数がさらに増加する関係等)を利用したサービスであることを要件として捉えている。
2槙本英之・守屋敦史・石橋勇輝「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の概要」公正取引849号58頁以下(2021.7)。
3前掲「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の概要」。
4検討会第2回資料2「消費者トラブルの分析」参照。
5前掲「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の概要」。
6前掲「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の概要」。
7前掲「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の概要」。