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内閣府「AI時代の知的財産権検討会」中間とりまとめについて

更新日:2024.06.28
弁護士   若竹宏諭
はじめに
 2024年5月に内閣府「AI時代の知的財産権検討会」の中間とりまとめ(以下「中間とりまとめ」という。)が公表された。
 この検討会では、検討課題として、①生成AIと知財を巡る懸念・リスクへの対応等、②AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方が取り上げられた。①は生成AIと著作権法その他の知的財産法の関係を検討するものであり、②ではAIと特許法との関係が検討されている。
 本記事では、検討課題①のうち、生成AIと著作権法その他の知的財産法の関係に係る考え方について、生成AIに関わる当事者(特に、AI開発事業者・AIサービス提供事業者、AI利用者)の立場ごとに簡単な整理をしたい(そのため、中間とりまとめの全ての内容は網羅していない。)。
AI開発事業者・AIサービス提供事業者の立場
 AI開発事業者や生成AIを活用するサービスを提供する事業者の立場においては、生成AIの開発やサービス提供の場面において、知的財産権侵害を引き起こしてしまわないかどうかへの関心が高いと思われる。
 この点は、裏を返せば、AI開発等に先立って、知的財産権を有する権利者からの許諾を得なければならないかどうかの判断に関わる問題である。
著作権法との関係
 AI学習において第三者の著作物を利用する場合、当該著作物の著作権者から許諾を得る必要があるかどうかが問題になり得るが、著作権法は、著作権侵害に当たる場合でも一定の場合に著作権を制限し、著作物の利用を可能にする規定を設けている。
 AI利用の文脈では、著作権法30条の4が特に重要であり、同条は「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」と規定する。
 つまり、この規定が適用される場合には、著作権者からの許諾を得ることなくAI学習に著作物を利用することができる。
 この条文のポイントは、非享受目的であるかどうか(「享受」:知的又は精神的な欲求を満たすこと)、その利用が著作権者の利益を不当に害することにならないかどうかにある。
 これらについて、中間とりまとめは、AI時代の知的財産権検討会と同時期に取りまとめが進んでいた文化庁「AIと著作権に関する考え方」(2024年3月15日)を適宜引用して、以下のとおり整理している。
非享受目的
 著作物の利用行為に複数の目的が併存する場合、目的のうち一つに享受目的があれば、著作権法30条の4は適用されないとする。
 例として、意図的に、学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的として追加的な学習を行う場合等が挙げられている。
著作権者の利益を不当に害するかどうか
 AI学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられていること等から、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合には、その措置を回避して、AI学習のためにクローラにより当該ウェブサイト内に掲載されている多数のデータを収集することは、データベースの著作物の著作権者の利益を不当に害すると整理している。
 この点の判断を容易にするため、事業者・権利者間において、クローラの名称や、データベースの販売状況等の情報が適切に提供されることが望ましいとされている。
「作風」の利用
 著作権法は、具体的な表現を保護するものであり、具体的な表現に至らないアイデアを保護しないため、中間取りまとめも、アイデアである作風自体が、著作権法の保護を受けることは困難であると整理している。作風の似た作品を生成するAIの開発にあたって第三者の著作物を利用することは上記著作権法30条の4の適用を受けられるという整理である。
 もっとも、他人の著作物に含まれる作風を意図的に出力させる目的でAIに学習させる場合、作風にとどまらず、学習データとなった著作物の創作的表現を直接感得できる生成物を出力することが目的であると評価される場合は、享受目的が併存すると評価され、許諾が必要になるとされている。
 この、「作風」にとどまっているかどうかの判断は容易ではないことから、「作風」を利用するためだからといって、安易に他人の著作物を利用するような考え方にはリスクがあるといえる。
 以上は、生成AIの開発行為やサービス提供行為に関するものであるが、生成AIが実際に利用される場面において、AI開発事業者やAIサービス提供事業者が著作権侵害の主体となりうるかという問題もある。

 既存の判例・裁判例上、一定の場合に、物理的な行為主体以外の者が、規範的な行為主体として著作権侵害の責任を負う場合がある。
 そのため、生成AIの生成物が著作権を侵害する場合、その侵害主体として責任を問われるのは原則として生成AIの利用者であるとしても、AI開発事業者・AIサービス提供事業者も、規範的な行為主体として責任を問われる可能性がある。
 中間とりまとめは、そのような規範的行為主体としての責任発生を高める事情として、例えば、特定の生成AIを利用すると著作権侵害物を高頻度で生成する場合や、既存の著作物の類似物を生成する蓋然性の高さを認識しているにもかかわらず、類似物の生成を抑止する措置をとっていないこと等を挙げている。
 また、AI開発事業者やAIサービス提供事業者が、海賊版であることを知りながら学習データとして収集した事実があれば、生成AIの利用者による利用によって生じた著作権侵害について、著作権侵害の責任を問われる可能性が高まるとも整理されている。
著作権法以外の知的財産法との関係
 AI開発事業者やAIサービス提供事業者による開発やサービス提供の場面において、著作権以外の知的財産権の侵害等が起こり得るかどうかについて、中間とりまとめは以下のとおりに整理している。
意匠法との関係
 AI学習用データとしての登録意匠又はこれに類似する意匠の利用は、「意匠に係る画像」の作成や使用等には当たらず、意匠法2条2項に定める「実施」に該当しないことから、意匠権の効力が及ぶ行為に該当しないと整理された。この考え方を前提にすれば、意匠権者の許諾は不要ということになる。
商標法との関係
 AI学習において、登録商標又はこれに類似する商標を利用することが商標権侵害に当たるかどうかが問題になるが、AI学習用データとしてそれらを利用することは、商標権の効力が及ぶ、当該商標に係る指定商品や役務についての使用に該当しないため、商標権の効力が及ばないと整理された。この考え方を前提にすれば、商標権者の許諾は不要ということになる。
不正競争防止法との関係
 不正競争防止法は、他人の周知な商品等表示として需要者の間に広く認識されている商品等表示を使用等することで他人の商品・営業と混同を生じさせる行為や、他人の著名な商品等表示と同一・類似のものを自己の商品等表示として使用等する行為を不正競争行為とする。
 これら商品等表示を含むデータをAI学習用データとして利用することは、上記行為のいずれにも該当しないと整理された。また、同じような理由から、不正競争行為とされる商品形態模倣品提供行為にも当たらないと整理している。
 そのほか、営業秘密・限定提供データ規制についても、一般的な不正競争行為の判断と同様に行われ、判断基準についてAI特有の問題はないと整理している。
肖像権、パブリシティ権との関係
 生成AIの学習段階、生成・利用段階において、肖像権・パブリシティ権侵害が認められるか否かについて、生成AIの特有の問題はないと整理された。
 この考え方を前提にすれば、肖像権侵害の有無については、「被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうか」という肖像権侵害に関する一般的な判断と同様に考えることになり、パブリシティ権侵害の有無についても、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえるか否かというパブリシティ権侵害に関する一般的な場合と同様に判断されることになる。
AI利用者の立場
 生成AIを用いる個人や事業者の立場については、生成AIに一定の情報を入力する行為や生成AIが作り出した生成物を利用することが著作権侵害等に当たらないかどうか、そして、生成AIによる生成物が著作権法をはじめとする知的財産法上の保護を受け得るのかという点について整理する。
著作権法との関係
生成指示のために生成AIに著作物を入力する行為
 生成AIに対する入力にあたって著作物の複製等が行われる場合があるが、これは生成物の生成のために、入力されたプロンプトを情報解析するものであるから、上記著作権法30条の4の適用が考えられる。
 ただし、入力に用いた既存の著作物と類似する生成物を生成させる目的で入力する行為は、享受目的が併存すると考えられるため、同条は適用されないと整理されている。
学習用データとして用いられた元の著作物と類似するAI生成物の利用行為
 生成AIの生成物が学習用データとして用いられた元の著作物と類似する場合、その生成物を利用することは著作権侵害に当たる可能性がある。
 そのような利用行為が著作権侵害を構成するか否かについては、
  ①既存の著作物と類似するかどうか(類似性)
  ②それに依拠して作成・利用されるものかどうか(依拠性)
 という既存の判例が示す要件を前提に、以下のとおり整理されている。
 ①類似性については、既存の判例と同様、既存の著作物の表現上の本質的な特徴が感得できるかどうか等により判断される。
 ②依拠性については、生成AIの場合、その開発のために利用された著作物を、生成AIの利用者が認識していないけれども、当該著作物に類似したものが生成される場合があるという事情を踏まえ、以下のとおり、AI利用者が既存の著作物を認識していた場合とそうでない場合とに分けて整理されている。

AI利用者が既存の著作物を認識している場合
  • 生成AIを利用した場合であっても、AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しており、生成AIを利用して当該著作物の創作的表現を有するものを生成させた場合は、依拠性が認められ、AI利用者による著作権侵害が成立すると考えられる。
  • (例)Image to Image(画像を生成AIに指示として入力し、生成物として画像を得る行為)のように、既存の著作物そのものを入力する場合や、既存の著作物の題号などの特定の固有名詞を入力する場合
  • この依拠性の有無を判断する際に考慮される事実として、既存の判例・裁判例を踏まえ、被疑侵害者(生成AI利用者)において既存著作物へのアクセス可能性があったこと、生成物に既存著作物との高度な類似性があることが挙げられている。
AI利用者が既存の著作物を認識していないが、AI学習用データに当該著作物が含まれている場合
  • AI利用者が既存の著作物を認識していない場合でも、AI学習用データに著作物が含まれていることから、客観的に当該著作物へのアクセスがあったと認められるため、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成された場合は、通常、依拠性があったと推認され、AI利用者による著作権侵害になりうるとされた。
  • ただし、当該生成AIについて、利用された著作物の創作的表現が、生成AIによって生成されることはないといえるような状態が技術的に担保されている等の事情がある場合には依拠性がないと判断される余地があるという考え方が示されている。
AI生成物の著作権法による保護
生成AIの生成物が著作権法による保護を受けられるか、これは、AI生成物に著作物性が認められるかどうかの問題である。
この点は、個々のAI生成物について個別具体的な事例に応じて判断されるものであり、単なる労力にとどまらず、創作的寄与があるといえるものがどの程度積み重なっているか等を総合的に考慮して判断されるものと考えられるとされた。

総合的考慮の要素の例として、以下のものが挙げられている。
  • A 指示・入力(プロンプト等)の分量・内容
    創作的表現につながる具体的・詳細な指示があると著作物性が認められる可能性が高まる。
  • B 生成の試行回数
    Aと組み合わせた試行、すなわち生成物を確認し指示・入力を修正しつつ試行を繰り返すといった場合には、著作物性が認められる可能性が高まる。
  • C 複数の生成物からの選択
    創作的表現を追求するために取捨選択行為を繰り返すなど、生成物の取捨選択行為の実態によっては著作物性が認められる可能性が高まる。
  • 上記のほか、人間が、AI生成物に、創作的表現といえる加筆・修正を加えた当該部分については、通常、著作物性が認められる。ただし、そのことは当該部分以外の部分の著作物性には影響しないとされている。
著作権法以外の知的財産法との関係
意匠法との関係
 AI生成物に他人の登録意匠等が含まれ、それを利用する行為(生成・利用段階)が意匠権侵害に当たるかどうかが問題になる。
 中間とりまとめは、AI特有の考慮要素は想定し難いとして、AI生成物に関する意匠権侵害の判断は、従来の意匠権侵害の判断と同様であると整理した。

 一方、生成AIの利用により生成された物が意匠法による保護を受けられるか否かについては、自然人がAIを道具として用いて意匠の創作に実質的に関与をしたと認められる場合には、AIを使って生成した物であっても意匠法上保護され得ると整理した。
 この整理によれば、「意匠の創作に実質的に関与」したと言えれば、生成AIを利用した場合であっても意匠登録を受けられることになる。
商標法との関係
 AI生成物に他人の登録商標等が含まれ、それを利用する行為(生成・利用段階)が商標権侵害に当たるかどうかが問題になる。
 中間とりまとめは、AI特有の考慮要素は想定し難いとして、AI生成物に関する商標権侵害の判断は、従来の商標権侵害の判断と同様に行うことになると整理した。

 一方、AI生成物が商標法の保護の対象となるか否かについては、商標が自然人により創作されたものか、AIにより生成されたものかに関わらず、商標法3条及び4条等に規定された拒絶理由に該当しない限り商標登録を受けることができると整理した。
 この整理によれば、AI生成物であっても商標法で保護され得る。
不正競争防止法との関係
 AI生成物に他人の商品等表示や他人の商品の形態が含まれ、それらを利用する行為の不正競争行為該当性の判断については、AI特有の問題は指摘されておらず、一般的な違法性の判断と同様に行われることになる。
 営業秘密や限定提供データを使用して得られた学習済みモデルや当該モデルの出力(AI生成物)についても、AI特有の問題は指摘されていない。もっとも、営業秘密や限定提供データを生成AIに入力する行為について、入力により秘密管理性や限定提供性などを喪失することがないよう留意が必要である旨の指摘がなされている。この点は、生成AIの利用態様によって個別具体的に判断される必要があるとされているが、例えば、秘密保持義務を負わない事業者の提供する外部の生成AIサービスに営業秘密を入力する場合には保護の対象外となる可能性があるとされる。

 一方、AI生成物が不正競争防止法上の保護を受け得るか否かについては、不正競争防止法が、自然人により創作されたものか、AIにより生成されたものかを問題にしていないことから、AI生成物であったとしても、同法上の所定の要件を充足すれば、同法の保護を受けられると整理している。
肖像権、パブリシティ権との関係
 生成AIの利用段階について、生成AI特有の問題がないと整理されたことは上記のとおりである。
おわりに
 以上のとおり、中間とりまとめの内容を簡単に整理したが、中間とりまとめは、「法的な拘束力を有するものではなく、公表時点における本検討会としての考えを示すにとどまるものであって、確定的な法的評価を行うものではないことに留意する必要がある」と記載している。
 これは今後、社会を大きく発展させていく可能性を秘めたAIの利用行為を過度に制限することを回避し、AIの積極的な活用を促すためとも思われる。
 AIに関わる者各自は、中間とりまとめが示した考え方を踏まえて、それに縛られることなく、AIを活用する目的を達成するためにどのようにAIを利用していくかを自律的に判断することが求められる。
 上記は、あくまでもその判断にあたっての参考にとどまるものであり、具体的なAI開発・利用行為の内容を踏まえて個別に検討することが肝要である。