
弁護士
志部淳之介
志部淳之介
1、本レポートの概要
2024年10月3日、欧州委員会は、デジタルフェアネス・フィットネスチェック(注1) の最終報告書(以下、「最終報告書」という)を公表した(注2)。
| 注1 | デジタルフェアネス・フィットネスチェックとは、不公正な商慣行指令、消費者権利指令、および不公正な契約条件指令がデジタル空間における消費者保護の要件をどの程度満たしているかを、欧州委員会が包括的に評価し、定期的に見直す試みである。 |
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| 注2 | commission.europa.eu/document/download/707d7404-78e5-4aef-acfa-82b4cf639f55_en?filename=Commission Staff Working Document Fitness Check on EU consumer law on digital fairness.pdf |
最終報告書は、現在のEU消費者法は、消費者保護の観点から一定の分野について規制が不十分であることを指摘した。具体的には、ダークパターン、消費者にとって中毒性のあるウェブデザイン、パーソナライズドプライシング、デジタル・サブスクリプション、インフルエンサー広告等が、要検討テーマとして挙げられている(注3)。
| 注3 | ドイツ消費者問題専門家評議会(SVRV)のウェブサイト参照。https://www.svr-verbraucherfragen.de/policy-brief-perspektiven-fuer-einen-digital-fairness-act-positionspapier-des-svrv/ |
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欧州委員会は、この最終報告書の指摘を踏まえ、現行の消費者法の大幅な見直しを行う計画を表明している。ただし、現時点でデジタル公正法は、その法形式や改正範囲も含めほとんどの部分が具体化していない。本レポートは、計画始動の契機となった最終報告書において、現行法の不備を指摘された論点を追うことで、将来のデジタル公正法の改正内容を予測するものである。
EU消費者法の改正は、EU加盟国のみならず、その取引相手国にも大きな影響を及ぼすものである。計画段階からデジタル公正法の改正の進捗を把握しておくことは、将来のEU消費者法の大規模改正への事前の備えとして有益である。
2、デジタル公正法の制定計画が公表された経緯
欧州委員会は、最終報告書において、消費者保護の観点から「規制の空白」の存在を指摘した。要対応リストに挙げられたテーマの例としては、インフルエンサー・マーケティング、パーソナライズド広告に関するダーク・パターン等が含まれる。
また、法執行の分野や、消費者法と最近の「デジタル・ルールブック」であるデジタルサービス法(DSA)・デジタル市場法(DMA)・AI規則(AIA)との調整が不十分であることを指摘している。
ただし、最終報告書では、上記の「消費者保護の空白」をどのようにして埋めるのかについて、具体的な勧告は含まれていない。
欧州委員会はすでに、デジタル公正法の準備に係る第一段階を踏み出している。2025年7月にパブリック・コメントを開始し (10月24日受付締切)(注4)、それと並行して、2025年9月初旬には、「インパクト・アセスメント」のための大規模な調査を委託した。このままのペースで手続きが進めば、欧州委員会は、早ければ2026年の後半には立法提案を提出するとみられる。
| 注4 | Commission launches open consultation on the forthcoming Digital Fairness Act | Shaping Europe’s digital future |
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現段階ではまだ、デジタル公正法の形式や内容、改正範囲は不確定である。例えば、最小限の解決策としては、既存の指令を限定的に修正するという形が考えられる(例えば、現代化指令(EU)2019/2161の一部改正)。
大規模な改正を想定するならば、これまでの規制を1つの立法形式にまとめることも考え得る(例えば、個々のEU指令の改正ではなく一つの包括的な消費者法を定めたEU規則の制定・集約等)。
3、ドイツ消費者問題諮問委員会のポジションペーパー
デジタル公正法計画の契機となった最終報告書に対しては、ドイツ消費者問題諮問委員会(以下、「SVRV」という )(注5)が、これを評価するレポート(以下、「ポジションペーパー」という)を公表している(注6)。
| 注5 | 独立の専門家委員会であり、連邦司法・消費者保護省の諮問機関に設置され、消費者政策に関する問題についてドイツ連邦政府に助言を行っている。法学者、経済学者、心理学者、経済消費者団体から選ばれた9名のメンバーで構成されている。 |
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| 注6 | https://www.svr-verbraucherfragen.de/policy-brief_digital_fairness_act/ |
このポジションペーパーは、デジタル公正法計画の内容を推測する上で重要な示唆を与えるものである。以下、その一部を紹介する。
(1)パーソナライズド・プライシングに関する規制
ア、最終報告書で挙げられた要検討テーマ
欧州委員会がEU消費者法の立法による改正が必要だと評価したテーマとして、広告・販売方法のパーソナライズ化がある。
とりわけ、デジタル取引におけるパーソナライズド・プライシングについて、立法の必要性が問われている。
事業者側からすれば、価格のパーソナライズ化により、「消費者余剰」の吸上げが可能となる。
つまり、その商品に対してより高い対価を払っても良いと考える消費者から、より高い代金の支払いを受けられる。他方で、購買意欲が低く支払うべき対価を低く評価する一定層の消費者からは、より低い代金の支払いを受けることになるため、消費者グループ間で対応に差が生じることになる。
問題は、消費者がパーソナライズドされた価格について知らされないまま、高い代金を支払うことの妥当性である。
これまでのEUでの規制は、パーソナライズド・プライシングを行うことについて、情報提供を義務付けることを内容とする透明性のルールしか存在しなかった。
例えば、通信取引契約において事業者は、提示された価格が自動的決定に基づいてパーソナライズされたものである場合に、消費者に情報提供をしなければならないという規制が挙げられる(消費者権利指令6条1項(ea))。
イ ポジションペーパーの指摘
SVRVのポジションペーパーは、事業者が負う透明性義務を実店舗販売に拡大することや、オプトアウト・ルールの導入の検討等を求めている。
さらに進んで、特定の消費者グループ、とりわけ未成年者の保護を目的として、パーソナライズド・プライシングを禁止すべきことについての検討も求めている。
(3)顧客の購買決定プロセスを感情化しようとする商法に対する規制
ア 最終報告書で挙げられた要検討テーマ
最終報告書は重要なテーマとして、「消費者の購買決定における感情の利用」を挙げている。
特にデジタル市場において、事業者が、様々な技術的手法(アバター、擬人化されたチャットボット、バーチャルインフルエンサーを含む)を用いて顧客の購買決定プロセスにおいて、より感情的・衝動的に意思決定させようとしている。
1つの例が、「取り残されることへの不安」を生み出す手法である。
例えば、カウントダウンタイマー(「この特別価格での提供は残り3分で終了です」)を用いる手法である。
イ ポジションペーパーの指摘
こうした手法に対する規制アプローチの1つの方法としては、感情化に対抗する技術の導入が考えられる。
具体的には、いわゆる「レモラトーラ」(遅らせる)による意識的な意思決定プロセスの先延ばしや中断である。
現行法に基づく1つの例が、証書作成法(BeurkG)17条2a項である。
この規定は、消費者が関与する不動産取引において証書を作成する場合には、契約書類の準備と証書作成の間に、原則として2週間の猶予期間を設けることを義務付ける。
このような法定の意思決定プロセスの先延ばしは、消費者が、事前に証書の内容について検討する機会を十分に与えるのに役立つ。
また、消費者が、感情に訴えかけられた決定を避けることにも寄与する。
他の例としては、ドイツ取引所法(BörsG)25条がある。同条は、株式市場に対する感情が過熱し、証券取引所での秩序ある取引が危険にさらされる場合には、証券取引所での取引を一時的に中断することを定める。
デジタル分野では、例えば、オンラインゲーム上での衝動買いを回避するために、短時間の先延ばしを技術的に組み込むことの有意性や、ごく短時間であっても決定を先延ばしするこことで、消費者が合理的な意思決定をするために有効かを検討すべきである。
一つの成功例としては、スマートフォンアプリを開けるのに数秒ほど時間を要する「セルフナッジアプリ」を導入すると、アプリ利用が大幅に削減されるという調査結果も存在する。
以上がポジションペーパーの指摘である。
(4)ダークパターン規制
ア、最終報告書で挙げられた要検討テーマ
消費者保護及び執行のための国際ネットワーク(ICPEN)の2024年の調査によれば、調査対象のウェブサイトの76%が、様々な形式のダーク(欺瞞的)・パターンを用いていたと報告されている(注7)。
| 注7 | ICPEN Dark Patterns in Subscription Services Sweep, Public Report, 2 July 2024. |
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現行のEU法は、ダーク・パターンの使用を禁止する多数の禁止規定を有している。
例えば、デジタルサービス法(DSA)、EUデータ法(Data Act)、消費者権利指令(CRD)、不公正取引方法指令(UCPD)、欧州AI規制法(AI Act)そしてEU一般データ保護規則(GDPR)に、それぞれ対応した規定が存在する。
もっとも、多数の規制の重複や、不明確な概念、定義の非統一性が、ルールの全体像を分かりにくいものにしていると、最終報告書は指摘する。
イ ポジションペーパーの指摘
ダーク(欺瞞的)・パターンに関する現行規制に対して、将来のデジタル公正法の枠組みにおいて、これらの複雑多数の規定群を整理することを求めている。
そのために必要なことは、不公正取引方法指令に、ダーク(欺瞞的)・パターンの禁止を明示し、付表Iに個別の禁止事項を追加することである。
これにより、その他の規則(例えば、消費者権利指令16e条やデジタルサービス法25条)に定められた個々の現行規制を廃止することが可能となり全体としての整理が可能となる。
さらに、ポジションペーパーは、積極的に表示されたデザイン要件(「明瞭な」/「透明性のあるパターン」)の導入を提案している。
この一例は、2022年にドイツ民法が定めた解約ボタンデザインである(民法312k条)。
この規定は、「ダーク・パターン」によってサブスクリプション契約の解消を困難にすることを禁止するだけではなく、事業者が、自身のウェブサイトにおいて、利用者が数回のクリックのみでサブスクリプションを解約することができるよう、簡単に見つけやすい場所に解約ボタンを配置することを義務付けている。この種の規定を、EUレベルで設けるべきと指摘する。
4、まとめ
以上は、欧州委員会の最終報告書を契機とした、デジタル公正法制定計画の一部の紹介である。
現時点では法形式、内容、改正範囲は確定していないが、最終報告書で現行法に不備があるとされるテーマを子細にみていくことで今後のルール制定の範囲及び内容をある程度予測することができる。
既に最終報告書で問題視されている商法は、日本企業としても控えるべきであるし、将来EU消費者法が大幅に改正された場合にも、慌てて対応する必要に迫られることもないだろう。今後も、消費者法分野のデジタル公正法の改正の推移を注視していく必要がある。