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SNSにおける「いいね」の不法行為該当性について

更新日:2024.09.06
弁護士
北村幸裕
第1  はじめに
 本稿は、旧Twitter(現X)における「いいね」をクリックしたことが不法行為にあたると認定された事例(最高裁令和6年2月9日、東京高裁令和4年10月20日判例タイムズ1511号138頁)を確認して、今後のSNSの利用する際の注意点を考えていくことを目的とする。
 なお、以下では判例の記載に基づきTwitterは「ツイッター」と記載する。
第2  事案の紹介
 本件は、国会議員であり、当時11万人を超えるフォロワーを有していた被告が、自らのツイートへの返信としてなされた原告の名誉を侵害するようなツイート25件に対して「いいね」をしたことが、原告の名誉感情を侵害する違法な行為となるかが問題となった。
 ここで、「いいね」を押すとは、他のユーザーが行ったツイート(投稿)の表示画面下部に存在する白色のハートマーク(「いいね」ボタン)をタップ又はクリックすることであり、ユーザーがあるツイートに「いいね」を押すと、当該ユーザーがログイン中に対象ツイートを閲覧する際、対象ツイートの「いいね」ボタンは赤色のハートマークに変化する。
第3  第1審(東京地裁令和4年3月25日)の判断
1  原告の主張の骨子
 「いいね」は他人のツイートに対する積極的・肯定的評価を示すために用いられているものであり、被告は、原告又は原告の擁護者を中傷し、原告の名誉感情を侵害する内容である本件対象ツイートに「いいね」を押すこと(本件各押下行為)により、これらに対する積極的・肯定的評価を宣明した。
 そして、①被告が、本件各押下行為を行うに当たり、本件対象ツイートに対して積極的・肯定的評価を宣明する故意を有していたこと、そうでなくとも被告が上記の宣明をしているものとしてツイッターの閲覧者に映ると認識し得たこと、②被告が、衆議院議員で、多数のフォロワーを擁しており、言論に絶大な影響力を有すること、③そのような被告が、公開の場で数多くの本件対象ツイートに「いいね」を押したこと、④被告が、従前から一方的かつ執拗に原告を攻撃していたことなどに鑑みれば、本件各押下行為は、社会通念上許される限度を超えた名誉感情侵害行為であって、不法行為に該当する。
2  被告の主張の骨子
 「いいね」は、いわゆるブックマーク機能として行われることも多く、必ずしも積極的・肯定的評価を宣明するものとは受け止められていないから、被告が「いいね」を押した実際の目的にかかわらず、本件各押下行為が不法行為に該当することはない。
 これを措くとしても、被告は、ブックマークのために本件対象ツイートに「いいね」を押したにすぎない。
 また、「いいね」が、これを行うツイッターユーザー自身のための機能で外部に向けられた行為ではないこと、本件対象ツイートの一部が原告を擁護するツイートに対する返信であることからすれば、本件各押下行為は、およそ原告に対する侵害行為とはいえない。
 仮に、「いいね」が積極的・肯定的評価を宣明するものと受け止められるとしても、被告は、あくまでも感想を述べたにすぎないから、本件各押下行為が、社会通念上許される限度を超える違法行為とは到底いえない。
3  第一審の判断
(1) 「いいね」についての評価
 まず、裁判所は、
 ①ツイッター社が「いいね」をツイートに対する「好意的な気持ち」を示すため等に用いると説明していること、
 ②「いいね」という名称は、一般人に「良いね」という好意的な感情を想起させること、
 ③「いいね」ボタンのハートマークは、一般的に対象への好意的な感情を示すシンボルとして受け止められていること、
 ④「いいね」を押すと、そのことや対象ツイートそれ自体を、他のユーザー及び当該ツイートを行ったユーザーにその旨の通知がされること、
といった事実から、「いいね」を押す行為は、特段の留保がない限り、「いいね」を押した者の意図ないし目的にかかわらず、対象ツイートに関する何らかの好意的・肯定的な感情を示したものと一般に受け止められるものと認定した。
(2) 「いいね」が違法となる場合の基準
 「いいね」は、ブックマークや備忘といった目的で用いられることもある上、仮に好意的な感情を示すものとして用いられたとしても、それ自体からは感情の対象や程度を特定することができず、非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまる。
 そうすると、「いいね」を押す行為は、原則として、社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価することはできず、これが違法と評価されるのは、これによって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定することができ、当該行為それ自体が特定の者に対する侮辱行為と評価することができるとか、当該行為が特定の者に対する加害の意図をもって執拗に繰り返されるといった特段の事情がある場合に限られる。
(3) 事案への当てはめ
 本件では、本件対象ツイートの内容及び相互の関係に着目しても、本件各押下行為によって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度が特定できない。
 次に、被告のアカウントに着目しても、そのプロフィール等で「いいね」の目的や意図について明らかにしておらず、仮に好意的・肯定的感情を示す目的で本件押下行為が行われたとしても、これによって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度をうかがい知ることはできない。
また、被告による本件各押下行為は、合計25件と少なくないが、執拗に繰り返されたとまではいえないし、被告は本件対象ツイートに「いいね」を押したにすぎず、そのことを原告に対して殊更通知するなど、原告に対して直接的な行為に及んだわけではないのであって、本件各押下行為が、本件対象ツイートに関する好意的・肯定的な感情を示すという意図ないし目的を超えて、原告に対する加害の意図をもって行われたと認めるべき事情も見当たらない。
 そのため、被告による本件各押下行為が、社会通念上許される限度を超える違法な行為であると認めるには足りない、と判断して原告の請求を棄却した。
 原告は、当該判断を不服として控訴した。
第4  高裁(東京高裁令和4年10月20日判例タイムズ1511号138頁)の判断
 原審の上記判断に対して高裁は以下のとおり原告(控訴人)の請求の一部を認容した。
1  名誉感情を害するかどうか
 高裁は、
 ①被控訴人が「いいね」と押した本件対象ツイートは、いずれも、控訴人や控訴人を擁護するツイートをした者を侮辱するものであったこと、
 ②被控訴人は、ツイッター内外にて、本件性被害に関し、控訴人を非難する発言や投稿を繰り返していたところ、自らのツイートを契機に本件対象ツイートがされるや本件各押下行為をしたこと、
 ③被控訴人は、本件対象ツイートのほかにも、控訴人や控訴人を養護する者を批判、中傷するする多数のツイートについて「いいね」を押している一方で、被控訴人に批判的なツイートについては「いいね」を押していなかったこと、
からすると、本件各押下行為は、控訴人や控訴人を養護する者を侮辱する内容の本件対象ツイートに好意的・肯定的な感情を示すために行われたものであることが優に認められる。そして、控訴人に対する揶揄や批判等を繰り返してきた被控訴人が控訴人らを侮辱する内容の本件対象ツイートに賛意を示すことは、控訴人の名誉感情を侵害するものと認めることができると認定した。
2  社会通念上許される限度を超える違法な行為か
 その上で、本件各押下行為は、合計25回と多数回に及んでいること、被控訴人は、本件各押下行為をするまでにも控訴人に対する揶揄や批判等を繰り返していたことなどに照らせば、被控訴人は、単なる故意にとどまらず、控訴人の名誉感情を害する意図をもって、本件各押下行為を行ったものと認められる。
 さらに、本件各押下行為は、約11万人ものフォロワーを擁する被控訴人のツイッターで行われたものである上、被控訴人は国会議員であり、その発言等には一般人とは容易に比較し得ない影響力があることは本件各押下行為についても同様と認められる。
これらの事情に照らすと、本件各押下行為は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認めることができるから、控訴人の名誉感情を違法に侵害するものとして、控訴人に対する不法行為を構成すると判断し、控訴人の請求を一部認めた。
 そこで、被控訴人が上告した。
第5  最高裁の判断
 令和6年2月9日、最高裁は当該上告を棄却する判決を行い、上記高裁判決が確定した。
 なお、本稿完成時点(令和6年2月11日)では最高裁の判決内容は確認できず、最高裁判決の内容は公開されていたニュースに基づくものである。
第6  検討
 原告は、被告の「いいね」を押した行為について、原告の名誉を毀損するという構成ではなく、原告の名誉感情を侵害するというプライバシー侵害という構成で、不法行為の成否を問うた。名誉毀損は、事実の摘示によって社会的評価が低下したことが要件となるため、「いいね」を押した行為が事実の摘示といえるのか、仮にいえたとして社会的評価が低下したのかという点でハードルが高かったものと思われる。
 一方、名誉感情の侵害という構成を取る場合、名誉感情を害する行為が全て当然に違法とはならず、表現の自由との関係も考慮した上で、成立する場合をある程度限定させる必要がある。
 上記判決はこういった点を考慮した上で、「いいね」が違法となる場合を以下のように整理した。
 すなわち、ツイッターで「いいね」を押す行為は、行為の対象が不明確な抽象的・多義的な行為であるため、他人の名誉を毀損するような投稿に単に「いいね」を押したとしても、原則として、他人の名誉感情を害する行為とはいえないが、SNS内外の事情を広く考慮して、好意の対象が特定できた場合には、名誉感情を害する行為となり得る。ただし、この場合も、そのことのみをもって即違法とはならず、社会通念上許容される限度を超えたといえる場合に限って違法となる。
 本件は、行為者のこれまでの活動や社会的影響力の大きさを考慮した結果の判決であり、一般ユーザーの「いいね」がすぐに違法と判断されることは考えにくいと思われる。
 とはいえ、一般ユーザーがそのような紛争に巻き込まれることは避けたいはずであり、「いいね」を押す際には、やはり投稿内容を慎重に検討すべきであろう。アカウントのプロフィール欄に「いいね」は好意的感情を表すものではないといったことを明記しておくことも有効かもしれない。
 なお、ツイッターはツイートに対して「いいね」をするかしないかの二者択一しかできないが、ツイッター以外のSNSでは、否定的な感情まで表現できるものがある。このようなSNSにおいて感情ボタンを押す場合には、当該押下行為が名誉感情を害すると判断される可能性が高まるため、一層慎重にすべきであろう。