1.はじめに
AIは、既に様々な分野において、消費者の行動を分析し、提案・誘導を行う手段として用いられており、消費者の選択行動に対する影響力が拡大している状況にある。
そこで、本稿では、AIを活用したマーケティング手法に関し、それが消費者の選択に与える影響についての課題を考察する。
そこで、本稿では、AIを活用したマーケティング手法に関し、それが消費者の選択に与える影響についての課題を考察する。
2.政府による検討過程で示された課題・留意点
(1)消費者のデジタル化への対応に関する検討会AIワーキンググループ報告書
2020年7月、消費者庁は、2019年12月から設置された消費者のデジタル化への対応に関する検討会の下部組織であるAIワーキンググループでの検討結果として、「消費者のデジタル化への対応に関する検討会AIワーキンググループ報告書」を取りまとめている。
同報告書の中ではAIと消費者に関する法的論点を踏まえた課題として、「AIと消費者の自己決定に関する論点」が掲げられている。
ここでは「ニーズに合わない商品の提案をAIから受けて契約を締結してしまったり、個々の商品のリスク等を理解しないままロボアドバイザーの提案に基づいて契約を締結してしまうといったケースにおいては、AIによるレコメンドが消費者の意思決定に介入するという側面が存在する。」としつつ、「人間はコンピューター等による自動化された判断を過信してしまう認知的傾向(いわゆる「自動化バイアス」)があること」などの留意点が併せて指摘されている。
同報告書の中ではAIと消費者に関する法的論点を踏まえた課題として、「AIと消費者の自己決定に関する論点」が掲げられている。
ここでは「ニーズに合わない商品の提案をAIから受けて契約を締結してしまったり、個々の商品のリスク等を理解しないままロボアドバイザーの提案に基づいて契約を締結してしまうといったケースにおいては、AIによるレコメンドが消費者の意思決定に介入するという側面が存在する。」としつつ、「人間はコンピューター等による自動化された判断を過信してしまう認知的傾向(いわゆる「自動化バイアス」)があること」などの留意点が併せて指摘されている。
(2)消費者をエンパワーするデジタル技術に関する専門調査会報告書
2024年12月に内閣府消費者委員会が取りまとめた「消費者をエンパワーするデジタル技術に関する専門調査会報告書」では、「パーソナルAIはこのように潜在的なメリットが大きい一方で、リスクも大きいことに留意する必要がある」、「リスクとしては、消費者に対して判断に必要な情報を与えなかったり消費者を洗脳したりして、過剰な誘導を生じ得ること等が指摘されている。」として、AIの有用性を前提としつつ、消費者の判断を誤らせるリスクのあることを指摘している。
3.AIを活用したマーケティング手法の例
AIが消費者の意思決定に介入したり、誘導が生じ得るというのは具体的にどのような場面であろうか。いくつかのAIを活用したマーケティング手法の例を挙げておく。
(1)レコメンデーションアルゴリズム
レコメンデーションアルゴリズムとは、ユーザーの過去の行動や属性に基づいて、関連性の高い商品やコンテンツを推薦する仕組みのことである。
たとえば、通販サイトにおいて、利用者の閲覧履歴や購買履歴が分析され、「あなたにおすすめの商品」「この商品を購入した人はこんな商品も購入しています」などの形で関連商品が提案されるというようなものが典型である。
このような手法自体は従来から存在していたが、AIを活用した機械学習や深層学習(ディープラーニング)によって、膨大かつ多様なデータ(行動履歴、属性情報、文脈情報、画像やテキストなど多種多様な特徴)から複雑なパターンを自動的に学習・抽出することで、より精度の高い推薦が可能となっている。
たとえば、通販サイトにおいて、利用者の閲覧履歴や購買履歴が分析され、「あなたにおすすめの商品」「この商品を購入した人はこんな商品も購入しています」などの形で関連商品が提案されるというようなものが典型である。
このような手法自体は従来から存在していたが、AIを活用した機械学習や深層学習(ディープラーニング)によって、膨大かつ多様なデータ(行動履歴、属性情報、文脈情報、画像やテキストなど多種多様な特徴)から複雑なパターンを自動的に学習・抽出することで、より精度の高い推薦が可能となっている。
(2)パーソナライズド広告
パーソナライズド広告とは、消費者の過去の行動履歴・検索履歴・属性情報・興味関心など膨大なデータをもとに、各消費者に最適な内容の広告を自動的に表示する仕組みである。
たとえば、ECサイトや比較サイトの閲覧履歴、SNSや検索エンジンの行動情報などが広告配信会社に蓄積され、その分析結果から「いまその人が関心をもっているであろう商品やサービス」の広告が配信されるという形である。従来型のターゲティング広告のように、広告主が自ら設定した条件の枠内で配信するのではなく、AIによる高速・高精度のユーザーデータの解析によって、配信時に自動的かつリアルタイムに広告が最適化される。
たとえば、ECサイトや比較サイトの閲覧履歴、SNSや検索エンジンの行動情報などが広告配信会社に蓄積され、その分析結果から「いまその人が関心をもっているであろう商品やサービス」の広告が配信されるという形である。従来型のターゲティング広告のように、広告主が自ら設定した条件の枠内で配信するのではなく、AIによる高速・高精度のユーザーデータの解析によって、配信時に自動的かつリアルタイムに広告が最適化される。
(3)ダイナミック・プライシング
ダイナミック・プライシングとは、商品やサービスの価格を需要や供給の状況に応じて柔軟に変動させる価格戦略のことであり、「変動料金制」や「動的価格設定」とも呼ばれる。航空券やホテルの宿泊料金は繁忙期に高く設定され、閑散期には低くなるというのがその典型例である。
このようなダイナミック・プライシングにAIを活用することで、多様なデータ(過去実績、競合情報、天候、イベント、消費者行動など)を学習し、自動で需要予測・価格提案を行うことが可能となる。
このようなダイナミック・プライシングにAIを活用することで、多様なデータ(過去実績、競合情報、天候、イベント、消費者行動など)を学習し、自動で需要予測・価格提案を行うことが可能となる。
4.AIが消費者の選択に与える影響についての課題
上記のようなAIを活用したマーケティング手法が普及する中で、消費者の選択に与える影響も増大している。その課題について以下のとおり考察する。
(1)消費者の視野狭窄効果・選択の限定
AIを活用したレコメンデーションやパーソナライズド広告は、ユーザーである消費者の過去の行動や嗜好に基づき個別化された情報提供を行うため、消費者が接触する情報の多様性を制限する視野狭窄効果を生むことが問題となり得る。
これには「フィルターバブル」と呼ばれる現象が含まれる。消費者の過去の行動や属性に基づいて、関連性の高い商品やコンテンツを推薦されるということは、似たような意見や商品が繰り返し提示されるということになり、消費者が「自分の意見や趣味に合った情報の泡(バブル)」に閉じ込められてしまう状態となってしまうのである。その結果、消費者の情報的多様性と選択の幅が狭まってしまう。
また、反響室(エコーチェンバー)のように、同じような意見が繰り返し反響(エコー)することで、特定の考えが強化・増幅される「エコーチェンバー現象」により、消費者の持つ意見や嗜好が強化されることで、新たな選択肢への開放性が低下し、意思決定の偏りが深化する可能性もある。
これには「フィルターバブル」と呼ばれる現象が含まれる。消費者の過去の行動や属性に基づいて、関連性の高い商品やコンテンツを推薦されるということは、似たような意見や商品が繰り返し提示されるということになり、消費者が「自分の意見や趣味に合った情報の泡(バブル)」に閉じ込められてしまう状態となってしまうのである。その結果、消費者の情報的多様性と選択の幅が狭まってしまう。
また、反響室(エコーチェンバー)のように、同じような意見が繰り返し反響(エコー)することで、特定の考えが強化・増幅される「エコーチェンバー現象」により、消費者の持つ意見や嗜好が強化されることで、新たな選択肢への開放性が低下し、意思決定の偏りが深化する可能性もある。
(2)心理的手法による選択のコントロール
過去の購買履歴や行動パターンから、個々の消費者がどの価格帯で購入しやすいかを分析した上で価格を提示するということになると、選択肢の幅はあたかも多様に見えても、実際に個々の消費者は「提示された価格」という選択肢の枠内で、強力な誘導のもとで意思決定することになる。価格が刻一刻と変動する中で、「今買わないと損をする」「価格が上がる前に購入しよう」といった心理的プレッシャーを受ける消費者は、自らの意図しないタイミングでの購買が促進されることともなり得る。
さらにAIが個人の心理的特徴をも学習し、それを利用したより選択誘導を行うということになれば、消費者の意思決定や感情の操作に繋がる可能性もある。この点については、2024年4月に経済産業省がとりまとめた「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」においても、「人間の意思決定、認知等、感情を不当に操作することを目的とした、又は意識的に知覚できないレベルでの操作を前提としたAIシステム・サービスの開発・提供・利用は行わない」と明示されているところである。
さらにAIが個人の心理的特徴をも学習し、それを利用したより選択誘導を行うということになれば、消費者の意思決定や感情の操作に繋がる可能性もある。この点については、2024年4月に経済産業省がとりまとめた「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」においても、「人間の意思決定、認知等、感情を不当に操作することを目的とした、又は意識的に知覚できないレベルでの操作を前提としたAIシステム・サービスの開発・提供・利用は行わない」と明示されているところである。
(3)情報の非対称性による判断の阻害
上記の通り、事業者はAIを活用したマーケティング手法によって、膨大な消費者データと高度なアルゴリズムを利用し、個々の消費者に最適な価格や広告を提示することが可能である。一方で、消費者にはアルゴリズムの詳細や、価格変動の理由や根拠が十分に開示されることは稀であり、適正かどうかの判断が難しい状況にある。ところが、消費者の自動化バイアスによって、消費者はAIの提案や判断を過度に信頼し、それと矛盾する正確な情報を無視したり、検証を怠ったりする心理的傾向に陥ってしまう。
この点も、「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」において「AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、自動化バイアス等のAIに過度に依存するリスクに注意を払い、必要な対策を講じる」と指摘されているところであるが、AIシステムの透明性確保、適切なリスク管理体制の構築、消費者への説明責任などが重要な課題となろう。
この点も、「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」において「AIシステム・サービスの開発・提供・利用において、自動化バイアス等のAIに過度に依存するリスクに注意を払い、必要な対策を講じる」と指摘されているところであるが、AIシステムの透明性確保、適切なリスク管理体制の構築、消費者への説明責任などが重要な課題となろう。
5.おわりに
ECサイトにおける商品・サービスの購入はもちろんであるが、現代社会においては、それに限らず、多くの場面で、こうしたAIを活用したマーケティングが、消費者の選択における重要な基盤となってきている。
簡便かつ高精度に、必要な商品やサービスを必要な人に届けることを可能とするその技術は、消費者・事業者双方にとって、有用なものであることは確かである。
しかし、無限定な活用は、上記のとおり消費者の選択を狭めることとなり、結果として市場のゆがみをも招き得る。
日本政府は上記のとおり「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を公表し、段階的に、規制強化への移行も視野に入れて検討しており、2025年6月4日には、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(「AI推進法」)が施行されている。現時点では依然としてソフトローに委ねる形での規制であって、十分な法的枠組みが整っているとは言いがたいが、AI推進法によって整備された基盤の上に、実効的な規制についての制度設計が図られることを期待したい。
簡便かつ高精度に、必要な商品やサービスを必要な人に届けることを可能とするその技術は、消費者・事業者双方にとって、有用なものであることは確かである。
しかし、無限定な活用は、上記のとおり消費者の選択を狭めることとなり、結果として市場のゆがみをも招き得る。
日本政府は上記のとおり「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を公表し、段階的に、規制強化への移行も視野に入れて検討しており、2025年6月4日には、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(「AI推進法」)が施行されている。現時点では依然としてソフトローに委ねる形での規制であって、十分な法的枠組みが整っているとは言いがたいが、AI推進法によって整備された基盤の上に、実効的な規制についての制度設計が図られることを期待したい。